世界初、光ファイバ通信向けの実用的な面発光レーザの開発に成功

~光ファイバ通信システムに用いる光源の小型化、低消費電力化、低コスト化に期待~
2025年4月10日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 光ファイバ通信に使用できる実用的な面発光レーザの開発に世界で初めて成功
  • 発光材料に量子ドットを用い、NICTの高精度な結晶成長技術とソニーの高度加工技術で実現
  • 光ファイバ通信システムに用いる光源の小型化、低消費電力化、低コスト化の重要な一歩
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)は、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社(ソニー)と共同で、光ファイバ通信に使用できる実用的な面発光レーザの開発に世界で初めて成功しました。
これを可能にしたのは、NICTの高精度な結晶成長技術とソニーの高度な加工技術です。今回開発に成功した面発光レーザは、量子ドットと呼ばれるナノスケールの半導体粒子を発光材料として利用していることが特徴です。光ファイバ通信システムにおいて光源の小型化や低消費電力化ができるようになるだけでなく、大量生産による低コスト化や集積化による高出力化も期待できます。
本実験結果の論文は、光技術全般に関しての著名な国際論文誌である、米国OPTICA Publishing GroupのOptics Express誌に採択され、2025年3月24日(月)発行のVol.33 Issue 6に掲載されました。

背景

社会を支える通信分野では、低消費電力で大容量のデータ伝送が求められており、特に光通信で、面発光レーザ(VCSEL)がその要件を満たす技術として注目されています。しかし、VCSELは、波長850 nmや940 nmの近赤外領域で使用されるのが一般的で、既存の光ファイバ通信で使用される1,550 nmの長波長で動作するVCSELの開発にはいくつかの技術的な課題があります。まず、長波長のVCSELは、短波長のものに比べて材料の選択や構造設計が複雑です。また、VCSELの高出力化と高効率化を実現するためには、1,550 nmで高効率に発光する工夫が求められます。

今回の成果

図1 面発光レーザの模式図と量子ドット
今回、NICTは、ソニーとの共同研究において、量子ドットと呼ばれるナノスケールの半導体粒子を発光材料として利用し、光ファイバ通信に使われる波長である1,550 nm帯用VCSELの電流駆動に世界で初めて成功しました(図1参照)。
要素技術の一つ目は、NICTが開発したものであり、分子線エピタキシーを用いた高精度な化合物半導体結晶成長技術です。VCSELの作製には、光の強度を増加させるため高反射率の半導体多層膜の結晶成長が必要となりますが、1,550 nm帯用VCSELでは結晶成長できる材料の組合せが限られているため、その作製が難しいとされていました。今回開発したのは、“結晶成長における材料の比率を厳密に制御することにより、多層膜を精度よく結晶成長する技術”で、1,550 nm帯でも99%以上の高反射率半導体多層膜を実現しました。また、 “量子ドットの周りに発生する結晶の歪(材料内部に発生する歪)を正確に打ち消す歪補償技術”をVCSEL作製に適用し、発光材料である量子ドットの密度を飛躍的に高めることを実現しました。
二つ目は、ソニーが開発したものであり、トンネル接合と呼ばれる構造を用いた高効率な電流注入を実現するデバイス設計及びデバイスプロセス技術です。VCSELは半導体ウエハの上面に対して垂直に光が出射されるため、量子ドットが発光しても電極が光を遮ってしまい、外に取り出しにくいという欠点がありました。光を外に取り出すために電流がうまく流れていく構造(トンネル接合)を設計し、高精度なデバイスプロセスを用いることでこれを実現しました。
これらの開発技術を組み合わせることで、13 mAという小さい(低しきい値)電流で1,550 nm帯の量子ドットを発光材料に用いたVCSELのレーザ発振に成功しました。また、偏光のゆらぎがなくなり、出力が安定することも明らかになりました。
量子ドットを発光材料として用いた場合、温度安定性に優れたVCSELを実現することが可能になります。また、VCSELは大量生産可能な構造です。これらのことから、光通信波長帯レーザの高性能化、低コスト化、集積化による高出力化が期待できます。
図2 (a)実際に作製した量子ドットVCSELの顕微鏡写真、(b)量子ドットVCSELの断面構造の模式図、
(c)電流-光出力特性(赤)と電流-電圧特性(青)、(d)VCSELのレーザ発振スペクトル

今後の展望

今後は、今回確立した量子ドットを用いたVCSELの技術を活用し、Beyond 5G時代の光ファイバ通信システムの更なる大容量化及び低消費電力化を目指した技術検討を進めていきます。また、技術検討と並行し、社会展開活動を推進していきます。
なお、本実験結果の論文は、米国OPTICA Publishing Groupが出版する光技術全般に関しての著名な国際論文誌であるOptics Express誌に採択され、現地時間2025年3月24日(月)発行のVol.33 Issue 6に掲載されました。

各機関の役割分担

  • NICT: 高反射率半導体多層膜の作製技術及び量子ドットの結晶成長技術
  • ソニー: VCSEL構造全体のデバイス設計及びデバイスプロセス技術

論文情報

著者名: MICHINORI SHIOMI, HARUKI KISHIMOTO, TOMOMASA WATANABE, MASAYUKI TANAKA, DAIJI KASAHARA, HIROSHI NAKAJIMA, MASASHI TAKANOHASHI, RYOJI ARAI, YUTA INABA, YUDAI YAMAGUCHI, YUYA KANITANI, YOSHIHIRO KUDO, MIKIHIRO YOKOZEKI, NORIYUKI FUTAGAWA, KOUICHI AKAHANE, AND NAOKATSU YAMAMOTO
論文名: Electrically pumped laser oscillation of C-band InAs quantum dot vertical-cavity surface-emitting lasers on InP(311)B substrate
国際論文誌: Optics Express Vol.33 Issue 6 pp. 12982-12988
DOI: 10.1364/OE.551300

用語解説

面発光レーザ(VCSEL: Vertical Cavity Surface Emitting Laser) 面発光レーザ(VCSEL: Vertical-Cavity Surface-Emitting Laser)は、レーザ光を垂直方向に放射する半導体レーザの一種。通常半導体レーザはチップの端から光を放出するが、VCSELはチップ表面に垂直な方向に光を放出する。この構造は、コンパクトでエネルギー効率が高く、量産性に優れている点が特徴である。レーザの配列化や高密度実装が可能なため、光通信、光センサ、3Dセンシング(顔認識や自動運転)など、多岐にわたる応用分野で使用されている。さらに、大量生産による低コスト化が可能なことも特徴である。これまで、電流で駆動できるVCSELは波長850 nmや940 nmの近赤外領域が一般的で1,550 nm帯のVCSELは電流駆動が難しいとされていた。 元の記事へ

量子ドット 量子ドットはナノスケールの半導体粒子で、非常に小さいサイズ(10 nm程度)の中に電子を閉じ込めることができる。量子ドットは特定の波長の光を吸収、放出することができるため半導体レーザ、発光ダイオード、バイオイメージング、太陽電池など多くの応用分野で活用されている。量子ドットのサイズを調整することで発光する波長を変化させることが可能であり、電子を狭い場所に封じ込めることによる発光効率の向上も特徴である。 元の記事へ

分子線エピタキシー、結晶成長 分子線エピタキシー(MBE: Molecular Beam Epitaxy)は、半導体材料の高品質な薄膜を原子レベルで制御しながら成長させる技術の一つ。この結晶成長法は、真空装置の中で加熱された材料から原子や分子が蒸発し、半導体ウエハに到達したところで結晶化する。これにより、結晶構造や材料の比率を正確に制御することが可能となり、異種材料の組合せや極めて薄い多層膜構造の作製が行える。MBEは、量子ドットや量子井戸の作製、次世代デバイス開発において重要な役割を果たし、光学特性や電子特性の調整に広く用いられている。また、成長中の膜をリアルタイムでモニタリングできることも特徴で、研究開発から最先端の半導体製造まで幅広く応用されている。 元の記事へ

高反射率半導体多層膜 屈折率の高い材料と屈折率の低い材料を適切な厚さで積み重ねると、高い反射率をもつミラーを作ることができる。VCSELを実現するためには半導体材料でこれを行う必要があるが、光ファイバ通信波長帯で用いられる半導体材料で行おうとすると、材料の組成を高精度に制御しなければならないという技術的な難しさがあった。今回はNICTが開発した分子線エピタキシーを用いた結晶成長技術により、この課題を解決した。 元の記事へ

トンネル接合 半導体のトンネル接合は、トンネル効果を利用した特殊な接合構造で、ナノスケールで電子の移動をコントロールすることができる。トンネル効果を簡潔に表すと、絶縁体のように電気を流さない物質であっても、ナノメートルオーダーまで薄くすると電子がすり抜けることができるようになるというものである。トンネル接合は、高速な電子の移動やエネルギー効率を向上できることから、トンネルダイオード、トンネルFET、量子コンピュータの素子、太陽電池などに応用されている。今回のVCSEL作製では、この効果をうまく取り入れることにより、電極のない窓となる部分に電流を集中させ、効率的な発光と光の取り出しを両立させる構造を作製した。

図3 (a)トンネル接合のない場合、電流は電極の下に向かって流れ、量子ドットのところで発光するが、電極が邪魔になって光が外に取り出せない。(b)トンネル接合のある場合、電流の流れる方向を変えることができるため、電極のないところに向かわせてそこで発光させることで光が取り出しやすくなる。
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しきい値電流 半導体レーザのしきい値電流(Threshold Current)は、レーザが安定した光を発振し始めるために必要な最小の電流値を指す。半導体レーザでは、電流を流すことで光が発生する。この光がレーザとして増幅されるには、チップ内での光強度が増加する現象が光の損失を上回る必要がある。しきい値電流は、この条件を満たすために必要な電流の値である。しきい値電流は、材料の特性や構造、温度によって影響を受ける。例えば、優れた材料や設計によって電流が光に変わる効率がよくなったり、光の損失が低減されると、しきい値電流が下がる。量子ドットは電流が光に変わる効率を高める効果がある。低しきい値電流は、消費電力の削減やデバイスの寿命向上に寄与するため、特に安定で低消費電力が求められる応用分野で重要とされている。 元の記事へ

本件に関する問合せ先

ネットワーク研究所
フォトニックICT研究センター
光アクセス研究室

赤羽 浩一

ネットワーク研究所
先端ICTデバイスラボ

山本 直克

広報(取材受付)

広報部 報道室