既存の光ファイバ伝送で、伝送容量と周波数帯域の世界記録を達成

〜マルチバンド波長多重技術により光通信インフラの通信容量を拡大〜
2024年3月29日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 既存光ファイバの伝送容量の世界記録を更新する、毎秒378.9テラビットの伝送を実証
  • 世界最大の37.6テラヘルツの周波数帯域を利用し、伝送容量を拡大
  • 通信需要が高まる将来において、光通信インフラの通信容量拡大に大きく貢献
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)フォトニックネットワーク研究室を中心とした国際共同研究グループは、光ファイバ伝送で世界最大の37.6テラヘルツの周波数帯域を活用し、毎秒378.9テラビットの伝送実験に成功し、既存光ファイバの伝送容量の世界記録を達成しました。
今回は、商用の長距離光ファイバ伝送システムで利用されている波長帯(C帯、L帯)に加え、今後の利用が期待される波長帯(O帯、E帯、S帯、U帯)を活用したマルチバンド波長多重技術により、大容量化を図りました。さらに、各波長帯に最適な光増幅方式を活用して全波長帯に対応した光ファイバ伝送システムを開発し、大容量伝送実験に成功しました。今回の技術は、通信需要が高まる将来において、光通信インフラの通信容量拡大に大きく貢献することが期待されます。
なお、本成果の論文は、米国サンディエゴにて開催された第47回光ファイバ通信国際会議(OFC 2024)にて非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間2024年3月28日(木)に発表しました。

背景

増大し続ける通信需要を支えるために、光ネットワークの大容量化が求められています。近年、光ファイバの利用可能な波長帯を拡大したマルチバンド波長多重技術の研究が進んでいます。既に配備されている光ネットワークにおいて、新たな波長帯の利用は光ファイバケーブルを増設せずに通信容量を増やせるため、経済的な大容量化方法として有用です。また、研究が進んでいる新型光ファイバとマルチバンド波長多重技術を組み合わせることで、将来にわたって光ネットワークの大容量化が可能となります。
これまでNICTは、商用の長距離光ファイバ伝送システムで利用されている波長帯(C帯、L帯)に加え、一般的に商用化されていないS帯、E帯を利用可能にした光ファイバ伝送システムを開発し、大容量伝送を実証してきました。更なる大容量化を実現するためには、新たにO帯、U帯を利用して波長帯を拡大する必要がありますが、これら全ての波長帯に対応した光ファイバ伝送システムは実現されていませんでした。

今回の成果

NICTは、O帯、E帯、S帯、C帯、L帯、U帯を合わせて世界最大の37.6テラヘルツの周波数帯域幅、1,505の波長数を使用可能にしたマルチバンド波長多重技術をベースとした光ファイバ伝送システムの設計・構築を行いました。伝送システムは、光ファイバ、光増幅器、送受信器、光スペクトル整形器、合波器/分波器などから成ります(詳細は補足資料 図3参照)。国際共同研究グループが製作したO帯向けビスマス添加ファイバ光増幅器やU帯ラマン増幅器、O帯・U帯用の光スペクトル整形器など、各波長帯に対応した光ファイバ増幅器・光スペクトル整形器を駆使し、光ファイバの波長特性に合わせて全波長帯の光信号強度を最適設計し、毎秒378.9テラビットの波長多重信号の50 km伝送を達成しました。信号の変調には、情報量が多い偏波多重QAM方式を使用し、16QAMをO帯、64QAMをE帯、U帯、256QAMをS帯、C帯、L帯に使用しました。過去の成果(2023年10月)と比較して、伝送容量25%、周波数帯域幅35%の増加を達成し、それぞれ既存の光ファイバ伝送における世界記録を更新しました(図1、補足資料 図4参照)。

図1 (a) 波長多重光伝送のイメージ、(b)(c) 既存の光ファイバにおける伝送容量と周波数帯域について過去の成果との比較

今後、新しい通信サービスにより爆発的に通信量が増加することが予想されます。現在使用されている光ネットワークに新たな波長帯を導入することで、光ファイバケーブル増設などの多額の設備投資をせずに、伝送容量を経済的に増加させることができます。さらに、研究が進んでいる新型光ファイバとマルチバンド波長多重技術を組み合わせることで、将来にわたる通信需要の増大に対応可能な光ネットワークの実現が期待できます。
なお、本実験結果の論文は、光ファイバ通信関係最大の国際会議である第47回光ファイバ通信国際会議(OFC 2024、開催地: 米国サンディエゴ、3月24日(日)〜3月28日(木))で非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間3月28日(木)に発表しました。

今後の展望

今後は、光ネットワークの更なる大容量化を目指し、光ファイバにおける波長帯の拡張を目指します。また、マルチバンド波長多重技術と新型光ファイバを駆使して、将来の通信需要を支える光通信インフラの基盤を確立していきたいと考えています。

採択論文

国際会議: OFC 2024 最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)
論文名: 402 Tb/s GMI data-rate OESCLU-band Transmission
著者名: B. J. Puttnam, R. S. Luis, I. Phillips, M. Tan, A. Donodin, D. Pratiwi, L. Dallachiesa, Y. Huang, M. Mazur, N. K. Fontaine, H. Chen, D. Chung, V. Ho, D. Orsuti, B. Boriboon, G. Rademacher,  L. Palmieri, R. Man, R. Ryf, D. T. Neilson, W. Forysiak and H. Furukawa

関連する過去のNICTの報道発表

補足資料

1. 今回開発した伝送システム

図3 伝送システムの概略図
図3は、今回開発した伝送システムの概略図を表している。
① O、E、S、C、L、U帯の送信器において1,505波長の光信号を生成し、測定波長に偏波多重16QAM、64QAMもしくは256QAM変調を行う。
② 光スペクトル整形器を使ってO、E、S、C、L、U帯の光信号の強度を一定にし、光増幅器を使って光信号を増幅する。
③ O、E、S、C、L、U帯の光信号を合波器で多重化する。
④ 50 km長の光ファイバで伝搬させる。光信号の伝送損失をラマン増幅によって補償するため、結合器を用いて必要な励起光を光ファイバに入射する。
⑤ 伝搬後、O、E、S、C、L、U帯の光信号を分波器で分けて、光増幅器によって伝送損失を補償する。
⑥ O、E、S、C、L、U帯の受信器で受信し、伝送誤りを測定する。

2. 実験結果

上記図3の実験系において、送信及び受信時に誤り訂正処理などの様々な符号化を適用することで、システムの伝送能力(データレート)を最大限効率化するための検証を行った。
図4の実験結果のグラフは、誤り訂正を適用した後の波長ごとのデータレートを示す。1,505波長合計で毎秒378.9テラビットを実現した。

図4 実験結果

3. 過去の成果との比較

表1 既存の光ファイバ伝送における今回と過去の成果の比較詳細

用語解説

国際共同研究グループ

本研究に参加している研究グループは以下のとおりである。
  • NICTフォトニックネットワーク研究室: 伝送システムの設計・開発
  • アストン大学(Aston University、英国): ラマン増幅器の開発
  • ベル研究所(Nokia Bell Labs、米国): 光スペクトル整形器の開発
  • アモニクス(Amonics、香港): 光ファイバ増幅器、ラマン増幅器の開発
  • パドヴァ大学(University of Padova、イタリア): 伝送実験に研修生が参加
  • シュトゥットガルト大学(University of Stuttgart、ドイツ): 伝送実験に参加


テラビット、ギガビット

1テラビットは1兆ビット、1ギガビットは10億ビット。
毎秒378.9テラビットは、2023年11月時点の国内ブロードバンドトラヒックの約11倍のデータをファイバ1本で伝達できる容量である。


マルチバンド波長多重技術

波長多重技術は、異なる波長の光信号を1本の光ファイバで伝送する技術である。現在の長距離向けの光ファイバ伝送システムでは、C帯やL帯の波長多重技術が利用されている。T帯、O帯、E帯、S帯、U帯などの波長帯は商用化が進んでいないが、これらの新しい波長帯を含んだ波長多重技術をマルチバンド波長多重技術とも呼ぶ。


波長帯

光通信用途で主として用いられている波長帯は、C帯(Conventional band、波長1,530〜1,565 nm)とL帯(Long wavelength band、波長1,565〜1,625 nm)、そのほかにT帯(Thousand band、波長1,000〜1,260 nm)、O帯(Original band、波長1,260〜1,360 nm)、E帯(Extended band、波長1,360〜1,460 nm)、S帯(Short wavelength band、波長1,460〜1,530 nm)、U帯(Ultralong wavelength band、波長1,625〜1,675 nm)がある。
現在の長距離向けの光ファイバ伝送システムでは、主にC帯が利用されていて、波長数は80程度である。また、L帯も一部で商用に利用されている。それに対し、T帯、O帯、E帯、S帯、U帯などは開拓中の新しい波長帯であり、商用化が進んでいない。今回はO帯、E帯、S帯、C帯、L帯、U帯を使用した。

図2 光通信の波長帯


新型光ファイバ

現在、中・長距離光通信用に普及している既存の光ファイバは国際規格で定められたシングルコア・シングルモードファイバである。更なる容量増加を目的として、コア(光の通り道)を増やしたマルチコアファイバや、マルチモード・マルチコアファイバの研究が進められている。


光増幅器

光ファイバは、同軸ケーブルなどと比較して伝送損失が非常に小さいが、数10 kmを超える伝送では光信号が減衰していく。そのため、長距離伝送システムでは、光増幅器を用い伝送損失を補償することで、大幅な長距離化を実現する。光増幅方式は、エルビウム(Er)やツリウム(Tm)、プラセオジム(Pr)などの希土類元素やビスマス(Bi)を添加した光ファイバを使った増幅、ラマン増幅、半導体による増幅がある。
希土類元素やビスマスを添加した光ファイバを使った増幅器は、光ファイバへ大パワーの励起光を照射することによって、励起光より長波長の信号光の増幅現象が生じることを利用した光信号増幅システムである。
ラマン増幅器は、光ファイバの材料であるガラス素材における誘導ラマン散乱を利用した光信号増幅方式である。希土類添加ファイバ光増幅器と同様に、大パワーの励起光の照射によって、励起光より長波長の信号光の増幅現象が生じる。
半導体を使った増幅器は、電流注入により励起させた半導体に信号光を入射すると誘導放出が生じ、信号光を増幅する現象を利用している。


光スペクトル整形器

波長の順番に並んだ光の強度分布(=光スペクトル)に対して、波長ごとに強度を調整して、光の強度分布を整形する機器。光回折格子、空間光変調器などから構成され、多数の異なる波長の光信号強度を一台で調整可能。今回は、O帯、U帯用の光スペクトル整形器を開発した。


QAM方式

QAMとは、光の位相と振幅を併用し複数のビットを表現する方式(多値変調)の一種である。64QAMは1シンボルが取り得る位相空間上の点が64個で、1シンボルで6ビットの情報(26=64通り)が伝送でき、同じ時間でOOK(On-Off Keying)の6倍の情報が伝送できる。同様に、256 QAMは、1シンボルが取り得る位相空間上の点が256個で、1シンボルで8ビットの情報(28=256通り)が伝送でき、同じ時間でOOKの8倍の情報が伝送できる。また、直交する2つの偏光方向を持つ光信号それぞれに対してQAM変調を行うことができ、これによりビット数を2倍にすることを偏波多重と呼ぶ。


過去の成果(2023年10月)

Benjamin J. Puttnam, et.al., “301 Tb/s E, S, C+L-Band Transmission over 212 nm bandwidth with E-band Bismuth-Doped Fiber Amplifier and Gain Equalizer”, ECOC European Conference on Optical Communication 2023, Th.C.2.4, Glasgow, Oct. 2023.


過去の成果(2022年3月)

Benjamin J. Puttnam, et.al., “S-, C- and L-band transmission over a 157 nm bandwidth using doped fiber and distributed Raman amplification”, Opt. Express, vol. 30, no. 6, p. 10011, Mar. 2022.

本件に関する問合せ先

ネットワーク研究所
フォトニックICT研究センター
フォトニックネットワーク研究室

古川 英昭

広報(取材受付)

広報部 報道室