可視光で動作する高効率な有機電気光学ポリマー光変調器を開発

2022年5月30日

国立研究開発法人情報通信研究機構

ポイント

  • 可視光で動作する有機電気光学ポリマー光変調器を開発
  • 従来の近赤外光用光変調器よりも大幅に短波長化、高効率化(小型・低電圧)を実現
  • 可視光で動作する光変調器は、立体ディスプレイやスマートグラスなど、次世代表示デバイスへの応用が期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICTエヌアイシーティー、理事長: 徳田 英幸)未来ICT研究所は、可視光用の高効率な有機電気光学ポリマー(以下、EOポリマー)光変調器を開発しました。従来のEOポリマー光変調器は、近赤外光(波長1,550 nmなど)で動作できますが、可視光(波長380 nm〜780 nm)では吸収損失が大きいため、光変調器として利用することができませんでした。NICTでは、可視光での吸収損失が小さく、光変調に必要な電気光学係数を持つEOポリマーを開発し、これを用いて微細加工技術を駆使して光変調器を作製し、波長640 nmの可視光(赤色)での動作実証に成功しました。実証した可視光用EOポリマー光変調器は、従来の近赤外光用EOポリマー光変調器よりも小型・低電圧で駆動でき、高効率です。
今回開発した可視光用EOポリマー光変調器は、立体ディスプレイやスマートグラスなど、次世代表示デバイスへの応用が期待されます。
なお、本成果は、2022年5月19日(木)に、科学雑誌「Optics Express」に掲載されました。

背景

情報量の増加に伴い、高速・大容量な光通信技術の開発が求められています。NICTでは、LN光変調器など従来技術よりも高速で低消費電力なEOポリマーを使った光変調器の開発に取り組んでいます。光変調器は、電気信号を光信号に変換する、情報通信などに欠かせないキーデバイスです。LN光変調器と比較して、EOポリマーを使った光変調器は、光通信に使われている近赤外光でしか利用できないという課題がありました。
また、EOポリマー光変調器を応用させると、光ビームを高速に走査することができます。立体ディスプレイなど表示デバイスに使用するためには、可視光で利用できる必要があります。

今回の成果

図1
図1 開発した可視光用EOポリマー光変調器の概略図。
入射光がEOポリマー導波路を通って伝搬し、電気信号に対応した光信号が出力される。
本研究では、近赤外光よりも短い波長である可視光で、吸収損失が小さく、高い電気光学係数を持つEOポリマーの開発に成功しました。これは、NICTが持つ正確な測定技術と、長年蓄積してきた膨大な分子構造ライブラリに基づく分子設計により実現したものです。可視光での吸収を抑えるようにEO分子の構造を短く曲がりにくく設計したことで、従来のEOポリマーよりも20,000分の1以下に吸収を小さくすることができ、可視光で利用できるようになりました。
この新規EOポリマーを用いて、マッハ・ツェンダー型干渉計構造を設計して、微細加工プロセスにより光変調器を作製しました(図1参照)。可視光で動作するためには、従来の近赤外光での光変調器よりも導波路のサイズを小さくする必要があり、光が伝搬する導波路の幅が比較的大きくてもシングルモードが担保されるリッジ型導波路(図2参照)を採用しました。これにより、精度の高い加工が必要であるものの、従来の微細加工プロセスを大幅に改良することなく本成果を達成できました。
今回開発した光変調器に電気信号を加えて、出射光の変調動作を評価しました。その結果、波長640 nm(赤色)で、性能指数は 0.52 V・cmでした。これは、従来のEOポリマー光変調器の動作波長である近赤外光よりも、大幅に短い波長であり、性能指数は3分の1以下と非常に高効率(小型・低電圧)です(図3参照)。
図2
図2 可視光用EOポリマー光変調器の断面図。
電気信号を印加するためにEOポリマー導波路の上部と下部にIZO(Indium Zinc Oxide)電極を配置している。 

図3 光変調器の動作波長と性能指数
(今回の成果とこれまでに報告されているLN光変調器及びEOポリマー光変調器)

今後の展望

可視光で高効率な光変調器が実現できることを示した本研究成果は、光制御技術や情報表示技術にイノベーションを起こす先駆的な成果です。光変調器は、光の位相を制御することができ、これを応用させると光ビームを成形・走査する光フェーズドアレイを作製することができます。可視光用光フェーズドアレイは、立体ディスプレイなどの表示デバイスへの応用展開が可能になり、小型軽量で高効率な表示デバイスは、スマートグラスなどの次世代ウェアラブル端末への搭載が期待できます。さらに、可視光で動作できると、安価なシリコン系の光検出器が使用でき、システム全体のコストダウンにつながります。
今後は、開発した可視光用EOポリマーを用いて光フェーズドアレイを作製し、動作実証を行い、表示デバイス実現に取り組みます。さらに、赤色以外の緑色・青色用のEOポリマーの開発を行い、立体ディスプレイなどへの応用展開を図ります。

論文情報

論文名: Superiorly low half-wave voltage electro-optic polymer modulator for visible photonics
掲載誌: Optics Express
DOI: 10.1364/OE.456271
著者: Shun Kamada, Rieko Ueda, Chiyumi Yamada, Kouichi Tanaka, Toshiki Yamada, Akira Otomo

用語解説

有機電気光学ポリマー

電気光学(EO)効果を持つ色素分子を結合・分散させたポリマーである。代表的な無機誘電体のEO材料であるLN(ニオブ酸リチウム)と比べて、大きな電気光学係数と高速化が期待されている。また、EOポリマーは加工性にも優れており、導波路作製の自由度が高いことが特徴である。シリコンフォトニクスとのハイブリッド化により、超広帯域光変調器や超高速光スイッチなどの次世代光/無線通信素子への応用が期待されている。


光変調器

電気信号を光信号に変換するためのデバイスである。電気信号を加えて材料の屈折率変化を起こすことで、光の位相を調整して、情報を持った電気信号を光信号に乗せることができる。LN光変調器、EOポリマー光変調器などがある。


電気光学係数

電気光学効果とは電圧を加えることで材料の屈折率が変化する現象のことで、電気光学係数とは屈折率変化の大きさを表す材料固有の係数である。材料の電気光学係数が大きいと、電圧を加えたときの屈折率変化が大きい。


マッハ・ツェンダー型干渉計

入射光を2つの経路に分けて、再び合波させる代表的な干渉計構造である。2つの経路に分けた後に、光の位相を変化させることで、干渉時に光波を強め合う・弱め合う関係にすることができる。マッハ・ツェンダー型干渉計を用いることで、光の位相変化を強度変化として捉えることができる。そのため、電気信号を光信号に変換する光変調器として一般的に利用されている。マッハ・ツェンダー型干渉計は、代表的な光変調器構造である。


リッジ型導波路

導波路形状の一種である。導波路形状は、光が導波路の中心部のみを伝搬するシングルモードに設計する必要がある。矩形導波路に比べて、リッジ型導波路は、導波路幅が大きくてもシングルモード導波路にすることができる特徴がある。


性能指数
変調器の性能指数は、一般的にVπ・L(単位: V・cm)が用いられる。マッハ・ツェンダー型干渉計を用いた際に、片側アームに電圧を印加して、伝搬光の位相がπシフトした際に、干渉により打ち消し合って出射光強度が0になる。このときの電圧は半波長電圧Vπと呼ばれ、Vπは次式で表される。
ここで、λは波長、nは屈折率、rは電気光学係数、dは電極間距離、Lは電極長を表す。半波長電圧Vπと電極長さLはトレードオフの関係にある。変調器間の性能を比較する際は、VπとLの積を性能指数として用い、小さいVπ・Lが望ましい。
図4
図4 光フェーズドアレイの概略図

光フェーズドアレイ

光の回折と干渉を利用して光ビームの形状や出射方向を制御するデバイスである(図4参照)。アレイ化した光変調器に電圧を加えて、光の位相を制御することで、光ビームの成形・走査が可能になる。ミラーやレンズを用いて光ビームを成形・走査するデバイスに比べて、高速駆動できる特徴がある。

本件に関する問合せ先

未来ICT研究所
神戸フロンティア研究センター
ナノ機能集積ICT研究室

鎌田 隼、山田 俊樹、大友 明

広報(取材受付)

広報部 報道室