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西太平洋全域に高機能化GPS津波計を配置することを目指した基礎研究を開始

『海洋GNSSブイを用いた津波観測の高機能化と海底地殻変動連続観測への挑戦』

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2016年8月24日

東京大学地震研究所
名古屋大学環境学研究科
情報通信研究機構
気象庁気象研究所
弓削商船高等専門学校
高知工業高等専門学校

東京大学地震研究所(東大地震研)、名古屋大学環境学研究科(名大)、情報通信研究機構(NICT)、気象庁気象研究所(気象研)、弓削商船高等専門学校(弓削商船)及び高知工業高等専門学校(高知高専)は、標記の研究を平成28年度から5年計画で開始しました。
研究代表者(東大地震研・加藤照之教授)を中心とする研究グループは、宇宙技術を活用した新しい海面変位計測装置としてGPS津波計を開発してきました。東日本大震災時には、国土交通省港湾局がGPS波浪計として東北地方を含む全国に15基を配備しており、リアルタイムでデータが公開されていました。各種マスコミで報じられたとおり、釜石沖のGPS波浪計が観測した津波高さのリアルタイムデータは6.7mを示し、気象庁はこのデータを含む複数のデータを根拠に津波警報を引き上げました。残念なことに、この第1波の観測データを発信した後、被災地域の大規模な停電によって、通信網は寸断され、それ以降のリアルタイムデータが発信されなくなってしまいました。ただし、観測データそのものは高台に設置された基準局のバックアップ電源の下、完全な津波波形が記録保存され、その後の種々の解析に活用されています。
東日本大震災時に課題となった①GPS津波計のさらなる沖合展開技術の確立、及び②被災地域の通信網の寸断に対する対策、については、これまでの研究によって克服することができました。そこで、本研究においてはGNSS(GPSを含む各種衛星測位システムの総称)ブイを用いた遠洋での高精度リアルタイムGNSS津波計の実証実験を行うと共に、新たにGNSS—音響システムを用いた海底地殻変動計測実験を実施し、これまで船舶による繰り返し観測となっていた海底地殻変動観測から、連続的な海底地殻変動計測への新たな展開を切り開くことを目的とします。後者によって、日本列島の海溝沿いに発生するプレート間巨大地震の研究に関して重要なプレート間固着及びスローイベント等の実態の解明に資することができると期待されます。さらに、GNSSブイを大気遅延推定や電離層擾乱の研究にも資する総合的な防災技術として展開するための基礎資料を得ることも目的としています。
実証実験(図1)では、高知県足摺岬沖に設置されている浮漁礁の黒潮牧場第18号ブイを高知県から借り受け、GNSSブイとして機能させる機器を搭載し、上記の試験研究で必要とする海洋観測データを取得します。GPS津波計・波浪計及び海底地殻変動観測データは、通信衛星を介して高知県の山間部に位置する仁淀川町に送り、インターネットで全世界にリアルタイム公開する予定です。このデータ公開システムは、平成28年11月を目途に開発を進めます。また、GNSSブイ周辺海域における衛星通信システムや海底地殻変動観測に必要な基礎データの収集に弓削丸の活用を考えています。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金・基盤研究(S)16H06310「海洋GNSSブイを用いた津波観測の高機能化と海底地殻変動連続観測への挑戦」でサポートされています。また、衛星通信技術確立については宇宙航空研究開発機構(JAXA)、商用衛星通信システムの利用ではソフトバンク株式会社(SoftBank)、GPS津波計システムについては特許権者である日立造船株式会社(日立造船)の協力を得ることとしています。

図1実験構成
図1 実験構成
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本実験内容についての問い合せ先

東京大学地震研究所

教授 加藤 照之
Tel:03-5841-5730
E-mail:

高知工業高等専門学校

客員教授 寺田 幸博
Tel:088-864-5586
E-mail:

(GPS津波計・波浪計の高機能化)
これまでの手法では測量分野で用いられている精密測位法のRTK-GPSを用いており、地上におかれた基準局との基線距離が高々20㎞と制限されていました。そのため、この制限をはずしてより遠方で津波を早期検知する努力を行ってきました。これまでの研究で、測位解析の手法として基線を用いない新たな精密単独測位とよばれる解析手法PPP-ARを導入すると共に、データ伝送方式としてはそれまで用いられてきた地上の無線ではなく、衛星通信を用いた方式を導入する基礎的な実験を行いました。本研究では、これらの方式について実験をさらに進め、PPP-ARの精度評価と、ブイの動揺等による伝送率低減等の課題を克服して、衛星通信の信頼性を上げることを目的としています。

(海底地殻変動への応用)
GPSと音響システムを組み合わせた海底地殻変動観測の方式は、米国研究者によって発案されましたが、日本の海上保安庁や大学の研究者によって開発が格段に進められ、とりわけ2011年東北地方太平洋沖地震の際に30mを超える海底の地殻変動を検出するのに役立てられ、海底地殻変動観測の重要性を改めて深く認識させることとなりました。しかしながら、これまでの方法では海上の測位観測は船舶によるものに限られており、一年あたりせいぜい数回の観測が限度であり、連続的な観測は不可能でした。そのため、地震直前直後の変動など詳細な海底地殻変動の様相を明らかにすることはできていません。もし海底地殻変動の計測が連続的に行えれば、沈み込むプレート境界の固着強度の時間変化やとりわけ最近注目を集めているプレート境界のスロースリップイベントの機構解明に重要なデータを提供できることになります。我々は、一昨年度前までの科研費等により、GNSSブイ方式による海底地殻変動の観測の初歩的な実験を行ってきました。そこで、本研究ではGNSSブイを用いたGNSS-音響による海底地殻変動の長期連続観測に取り組み、課題の抽出と解決を行って、同方式の可能性を検証します。

(気象学・電離層研究への応用)
GNSS測位は衛星と地表(海上)に設置された受信器の間の距離を精密に計測することが基礎になります。このためには電波の伝搬媒質(電離層と大気)の影響を正確に推定して補正することが重要ですが、これらの補正量はそのまま伝搬媒質に関する研究にとって重要な物理量となります。
気象学の分野では、陸上のインフラである国土地理院のGEONETを用いて、大気中の水蒸気量を測定する“GPS気象学”が発展してきました。また、GNSS電波を用いた電離層の研究は既に多く行われています。しかしながら、これらはほとんどが地上の観測点でのものであり、より均質のデータを得るため、海上でのデータの取得が望まれています。海上の水蒸気量を観測することにより、気象予報の改善に役立つこと等が期待されます

(弓削丸船上実験)
今回の弓削丸を用いた衛星通信実験は、次の2項目を目的としています。
(1)足摺岬沖に設置するGNSSブイの衛星通信システムの基本機能確認
(2)衛星通信の信頼度向上の検討に用いるフェージングシュミュレータ用基礎データ収集
今年度後半からは、海底地殻変動観測の精度確保のため、実験海域である足摺岬沖のブイ周辺のCTD観測(海水温、塩分濃度の分布観測)を行います。

(本研究の目指すもの)
本研究が成功裏に終われば、GNSSブイは津波・海底地殻変動観測に加え、大気及び電離層に起因する災害の軽減に役立つ総合的な観測を行うための総合的な防災システムの構築という次のステップにつながる可能性も秘めていると言えます(図2)。仮に、西太平洋にGNSSブイアレイ(図3)が設置できれば、陸のGEONETと共に日本の防災力向上のための総合的なシステムを構築することが可能です。加えて、海洋GNSSブイアレイは防災だけでなく総合的な地球科学観測研究のインフラになると期待されます。我々の究極のゴールは“海のGEONET”とでもいうべき観測網を作り上げることにあります。

図2海洋GNSSブイを用いた総合防災システムの概念図
図2 海洋GNSSブイを用いた総合防災システムの概念図

図3将来ビジョン(赤○:国交省既設18基、青○:構想81基)
図3 将来ビジョン(赤○:国交省既設18基、青○:構想81基)
各機関の役割分担

東京大学地震研究所加藤照之教授を研究代表者とし、図4に示す体制で推進します。

図4研究体制
図4 研究体制

各機関取材等の問い合わせ先

東京大学地震研究所

加藤 照之(研究総括)
E-mail:

名古屋大学環境学研究科

田所 敬一(海底地殻変動)
E-mail:

気象庁気象研究所

企画室(気象研究への応用)
E-mail:
Tel:029-853-8535
Fax:029-853-8545

国立研究開発法人情報通信研究機構

広報部(衛星通信及び電離層研究への応用)
Tel:042-327-6923
Fax:042-327-7587

弓削商船高等専門学校

二村 彰(CTD観測及び弓削丸運航)
E-mail:

高知工業高等専門学校

寺田 幸博(実験総括)
E-mail:

用語解説

GNSS(Global Navigation Satellite System)

カーナビやGPS機能がついた携帯電話の普及によって、人工衛星を使った測位情報は私たちの暮らしに欠かせないものとなりました。これらの大半は、米国のGPS衛星を用いています。衛星測位を行うには、ロシアのGLONASS、EUのGalileo、日本のQZSSなども利用可能です。これらの測位システムの総称として、GNSSが用いられています。日本のQZSSについては、下記の解説をご参照下さい。
測位衛星により位置を特定するためには、最低4機の人工衛星から信号を受信する必要がありますが、これまで日本国内の都市部や山間地では、高い建物、山などが障害となって4機の人工衛星からの測位信号が届かないことがあり、測位結果に大きな誤差が出ることがたびたびありました。準天頂衛星システムは、「準天頂軌道」と言う日本のほぼ天頂(真上)を通る軌道を持つ人工衛星を複数機組み合わせた衛星システムで、現在運用中のGPS信号やアメリカが開発を進めている新型のGPS信号とほぼ同一の測位信号を送信することで、日本国内の山間部や都心部の高層ビル街などでも、測位できる場所や時間を広げることができます。さらに準天頂衛星システムは、補強信号の送信等により、これまでの数十m程度の誤差だったGPSに比べて、1m程度、さらにはcm級へ測位精度の向上を目指しています。

技術試験衛星Ⅷ型(Engineering Test Satellite Ⅷ)「きく8号」

技術試験衛星Ⅷ型は2006年12月18日にH-ⅡAロケットで種子島より打ち上げられた衛星です。大型の展開アンテナを搭載し、衛星の送受信性能を大きく向上させることで、地上では小型携帯端末で静止衛星と直接通信が可能となる等の特徴があります。残念ながら、受信用の大型展開アンテナは不具合が生じていますが、送信用の大型展開アンテナ及び受信用にバックアップ用アンテナを用いて実験を継続しています。
現在は後期利用段階であり、JAXAが衛星の管制運用を行い、東日本大震災での自治体への通信回線提供支援を踏まえ、災害発生時の通信手段の確保及び災害対応センサを用いた監視データにより災害発生予測や被害の軽減を図ることを目的とした防災利用実証実験を実施しています。災害対応センサは、山間部、海上及び僻地などの通信回線や電力の供給が無い場所からでも小型地球局を設置して気象情報や災害の早期検出のための情報収集を行うことが出来、本実験のGPS津波計は津波を早期検出するための重要なセンサと考えています。

PPP-AR法(Precise Point Positioning with Ambiguity Resolution)

PPP-ARは、観測位置を世界測地系の座標値として精密に求める方法です。RTK法との違いは、陸上の基準局で計測されたGPS電波の搬送波位相データを必要とせず、GPS衛星の精密暦(時計と位置)があれば、ブイ上のGPS観測データだけで浮体の座標値を計算することが出来ることです。PPP法は、多くの研究者によって取り組まれていますが、ここで採用したPPP-ARは米国のGPS Solutions社と日立造船が開発したものです。国土地理院の電子基準点データからGPS衛星の精密暦を算出し、精密測位において必要とする整数値アンビギュイティを解くことによって実現されています。精密暦と測位計算結果の伝送方法が課題となっていました。

プレート境界の固着強度

日本海溝や南海トラフなどから沈み込む海洋プレートは、通常は固着していて、その強度を超えると海溝型の巨大地震が発生します。固着強度の強いところが地震を発生する領域ですので、その領域がどのように広がっているかを知ることができれば将来の巨大地震の震源域を知ることができます。これがわかれば、津波の波源域の広がりもわかることになり、地震や津波の防災に役立てることができます。海底地殻変動の計測で、固着強度の高いプレート境界の直上ではより早い速度が計測され、固着強度が弱いところでは前者に比べ遅い速度が計測されます。これは沈み込む海洋プレートに対して、固着強度が強ければ、それだけ陸側プレートも早い速度で引きずり込まれることになるからです。

プレート境界のスロースリップイベント

前項で紹介したプレート境界の固着強度が弱いところでは、プレート境界が巨大地震を発生させる前に、ずるずるとすべってしまうことが考えられます。そのような現象をスロースリップイベントと呼びます。この現象は日本全国にGPS観測網ができたことにより、世界ではじめて発見されました。最初に発見されたのは豊後水道ですが、その後、東海地域や房総沖、あるいは紀伊水道などで発見されています。スローイベントの継続期間は房総沖での一週間程度から長いもので東海地域での数年にわたって継続する場合など、さまざまなものがあります。スロースリップイベントは米国から中南米のプレートの沈み込み領域でも発見されています。スロースリップイベントは地震がゆっくり起こっているような現象ですので、スロースリップイベントを詳細に明らかにすることは、地震の発生メカニズムやひいては地震の前兆的なすべりのメカニズムを解明することにもつながる可能性があり、注目されています。