レーザ光で風と水蒸気を測る マルチパラメータライダーの開発岩井 宏徳(いわい ひろのり)電磁波研究所 電磁波伝搬研究センターリモートセンシング研究室主任研究員大学院修了後、2001年に通信総合研究所(現NICT)入所。電波及び光を用いた大気環境のリモートセンシングに関する研究開発に従事。博士(理学)。青木 誠(あおき まこと)電磁波研究所 電磁波伝搬研究センターリモートセンシング研究室研究員大学院修了後、静岡大学工学研究科学術研究員を経て、2014年にNICT入所。固体レーザと光リモートセンシングの研究開発に従事。博士(工学) 。気象の分野では水蒸気が注目を集めています。近年毎年のように、ゲリラ豪雨や竜巻などの突発的で局所的な大気現象や、よりスケールの大きな線状降水帯が日本各地で発生し、甚大な災害が発生しています。現状では、これらの大気現象の信頼性の高い事前予測は困難です。その要因のひとつに大気中の正確な水蒸気の量とその流れが分かっていない、つまり、風と水蒸気の観測データが不足していることが挙げられます。私たちは、その課題を解決するため大気中の風と水蒸気を計測することができる水蒸気差分吸収ライダーの開発を進めています。■背景気象衛星や気象レーダー等の気象観測装置と数値予報モデルの高度化により、台風や前線等の日本列島スケールの気象現象の予測は飛躍的に改善され、それにより人的被害も減少しています。一方、より局所的な大気現象の信頼性の高い事前予測は困難であるのが現状です。これらの大気現象は、ひとつまたは複数の積乱雲の発達に伴って発生することが分かっています。図1は豪雨をもたらす積乱雲の発生前から雨が降るまでを示した模式図になります。まず、地面付近の水蒸気を含んだ湿った空気塊が風によって集められ、上昇気流によって上空に持ち上げられて雲が発生します。強い上昇気流によりその空気塊が更に上空に持ち上げられると、上空で多くの雨粒が作られ、最後に上昇気流で支え切れなくなった雨粒が地面に向かって落ちてくることにより、豪雨が発生します。したがって、豪雨発生の事前予測のためには雨が降る前の大気中の水蒸気の量とその流れを観測することが重要です。しかし現在、水蒸気を観測する方法は、観測点に設置されたセンサーによるその場観測が主流で、面的に水蒸気を観測することが困難です。このように、水蒸気の分布やその流れを観測できる手法がないため、それを実現できる観測手法が求められている、というのが現状です。私たちは風と水蒸気の空間分布を計測することができるレーザ光を用いたリモートセンシング技術である差分吸収ライダー(DIAL: Dierential absorption lidar)の研究開発を行っています。■レーザ光で風と水蒸気を測る図2は差分吸収ライダーによる風と水蒸気の計測方法の原理を示しています。私たちは眼に対する安全性が高く、水蒸気の観測に適した波長2 µm帯の赤外線レーザ光を用いています。水蒸気に吸収されにくい波長と水蒸気に吸収されやすい波長の2つの波長のパルス状のレーザ光(送信光)を大気中に照射します。大気中のエアロゾルによって散乱されたレーザ光(散乱光)が戻ってくるまでの時間から距離を計測します。そして、散乱光の周波数のずれ(ドップラー効果)を利用して、視線方向の風速を計測することができます。また、散乱光が差分吸収ライダーに戻ってくるまでの間に水蒸気により吸収される強さが2つの波長で異なる、つまり、散乱光の強さの差を利用して水蒸気量を計測します。図3に差分吸収ライダーの構成図を示します。2019年から、これまでに開発を行ってきた波長2 µm帯のコヒーレン今、FEATUREリモートセンシング技術特集Special Issue on Remote Sensing TechnologiesNICT NEWS 2022 No.26
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