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自己意識を本人が無自覚のうちに変容できるニューロフィードバック技術の開発

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2016年12月15日

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(UCLA)
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)

12月15日 10:00am(英国時間)・Nature Communications誌に掲載予定
本研究成果のポイント
  • 自らの知覚経験を振り返り、自分の知覚の確からしさ(確信度)を評価するメタ認知は、状況に合った振る舞いをするために不可欠です。
  • 本研究は、最先端のニューロフィードバック技術(Decoded Neurofeedback, DecNef)を応用し、自らの知覚を振り返る「認知の認知=メタ認知」を変容することに成功しました。
  • 具体的には、前頭前野と頭頂葉を含む高次脳ネットワークがメタ認知にかかわると予測し、そのネットワークの空間的脳活動パターンを、被験者が自ら操作するDecNef訓練を実施しました。
  • その結果、被験者が自らの視知覚に対して感じる確信度を、狙った方向へ双方向に変容する(上げ・下げする)ことに成功しました。このことから、メタ認知を支える神経基盤の所在が、前頭前野-頭頂葉ネットワークにあることが明らかになりました。
  • メタ認知の異常は、依存症、統合失調症、強迫性障害など複数の精神疾患に関連すると言われています。メタ認知を変容することができる本技術は、依存症、統合失調症、強迫性障害など精神疾患の治療への応用可能性があります。
  • また、自己の能力を正しく振り返るメタ認知を鍛えることは、より効果的な教育・学習にも繋がると考えられており、本技術は学習の効率化にも応用可能性があります。

概要

NICT 脳情報通信融合研究センター(略称CiNet)(研究センター長・柳田敏雄)、株式会社国際電気通信基礎技術研究所(略称ATR)・脳情報通信総合研究所(所長・川人光男)、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(Hakwan Lau准教授)のCortese(コルテーゼ)研究員等の研究グループは、前頭前野と頭頂葉を含む高次脳ネットワークにおける空間的脳活動パターンを、被験者が自ら操作するニューロフィードバック訓練(Decoded Neurofeedback, DecNef)を実施しました。その結果、物を見たときに感じる確信度を上げ下げすることに成功しました。つまり、「確かに見えた」というように知覚への確信を強めたり、「見えた気がするけれど確かでない」というように確信を弱めることが可能となりました。さらに、この効果は、1週間で8割以上維持され長期的でした。
自らの知覚経験を振り返るメタ認知は、状況に適した振る舞いをするために不可欠です。実際、こうしたメタ認知の異常は、依存症、統合失調症、強迫性障害など複数の精神疾患に関連すると言われています。例えば、自分が想像したことと、実際に見たことを正しく区別して認識できなければ、統合失調症にみられるような幻覚や幻聴に繋がる可能性もあります。また、自分の行為(例えば、鍵を締めたかどうか)に確信を持てなければ、強迫性障害にみられるような不必要な確認の反復に繋がることもあります。本研究成果は、メタ認知の異常が重要な原因と考えられているそれらの精神疾患の治療につながる可能性が期待できます。

背景

自らの知覚経験を振り返るメタ認知は、状況に適した振る舞いをするために不可欠です。メタ認知が正しく機能しないと、依存症、統合失調症、強迫性障害などの精神疾患に繋がる可能性があります。しかし、メタ認知を支える神経基盤については、長い論争が繰り広げられているのが現状であり、決定的な脳科学的証拠がまだ得られていません。メタ認知は、自らの「知覚」を「俯瞰」する機能として捉えることができますが、これまでは、「知覚」そのものを支える神経基盤と、「(知覚の)俯瞰」を支える神経基盤が同じなのか否かについて決着がついていませんでした。その理由は、従来の脳科学的手法では、この二つの神経基盤の乖離を示すことが困難だったためです。しかし、DecNefを用いて脳活動パターンを操作した結果、メタ認知(知覚を俯瞰した際に得られる確信度)を変容する一方で、知覚そのものは変容しないことを示すことができれば、メタ認知と知覚の神経基盤の乖離を示すことができます。本研究では、最新の脳科学的知見を踏まえ、DecNefを用いた頭頂葉-前頭前野ネットワークの脳活動パターン操作により、メタ認知だけを変容させることを目指しました。
メタ認知を変容できる技術を確立できれば、メタ認知の異常がみられる依存症、統合失調症、強迫性障害などの精神疾患の治療への応用可能性が期待できます。また、メタ認知を鍛えることで、効率的な学習を促す教育面への応用も期待できます。

研究内容

●方法
実験では、高い確信度にかかわる脳活動パターンを誘導することで確信度を上げることを狙いとしたDecNef訓練と、低い確信度にかかわる脳活動パターンを誘導することで確信度を下げることを狙いとした訓練の両方を、同一の被験者について、それぞれ二日間ずつ行いました。二種類のDecNef訓練の前後に心理実験を行い、狙った方向に確信度を変容できたかどうかを検討しました。実験には、10名の被験者が参加しました。

●DecNef訓練中の脳活動パターンを解読するデコーダの作成
確信度を上げることを狙いとしたDecNef訓練では、「高い確信度」にかかわる脳活動を被験者が誘導できたときに報酬が与えられ、一方、確信度を下げることを狙いとしたDecNef訓練では、「低い確信度」にかかわる脳活動を被験者が誘導できたときに報酬が与えられました。DecNef訓練中の脳活動が、どのくらい「高い確信度」または「低い確信度」にかかわるのかをリアルタイムに評価するために、DecNef訓練に先行して、確信度にかかわる脳活動パターンを解読するデコーダを、人工知能技術を用いて作成しました。上の図①にデコーダを作成するために実施した実験の手順を示します。被験者にはランダムドット運動(多数のドット(点)の一部のみが一定の方向に、他のドットはランダムな方向に動く動画)を呈示しました。被験者には、知覚された運動方向を「右」か「左」の二択で回答してもらい、さらにその回答に対してどのくらい確信があるかという確信度を1から4の4段階で評定してもらいました。この課題に取り組んでいる間の脳活動をfMRIによって計測し、前頭前野と頭頂葉を含む高次脳ネットワークの脳活動のパターン(上図②)から、確信度の高低(評定が3-4か、1-2)を予測するデコーダを作成しました。デコーダの作成にはスパースロジスティック回帰と呼ばれる方法を使用しました。一旦デコーダを作成すると、現在の脳活動が、確信度が高いときの活動に近いのか、確信度が低いときの活動に近いのかを予測することができます。このデコーダを用いて、次のDecNef訓練を行いました。
 
●DecNef訓練
DecNef訓練によって、前頭前野から頭頂葉にまたがる脳活動のパターンを操作することにより、被験者が感じる知覚確信度を狙った方向に変える(上げる、または下げる)ことが可能かどうかを検証しました。すべての被験者(10名)は、確信度を上げる訓練と確信度を下げる訓練の両方を、それぞれ二日間連続で行いました。どちらの訓練を先に行うかは被験者間でランダマイズしました。
 図③にDecNef訓練の流れを示します。まず初めに、脳活動を操作するタイミングを知らせる円形の刺激を6秒間呈示し、その後7秒間の待機時間を経て、フィードバックを呈示しました。確信度を上げることを狙いとした訓練では、前頭前野と頭頂葉を含む高次脳ネットワークの脳活動が、確信度が高いときの脳活動に類似しているほど、より大きな灰色の円をフィードバックとして呈示しました。逆に、確信度を下げることを狙いとした訓練では、確信度が低いときの脳活動との類似したパターンがみられたときに、より大きな円のフィードバックを呈示しました。被験者は、フィードバックの円ができるだけ大きくなるよう脳活動を操作するよう指示されましたが、それ以外の指示は与えられず、試行錯誤で脳活動を操作する戦略を探ることになります。フィードバックの円が大きくなるほど、被験者は、実験後に、より多くの金銭報酬を受け取ることとなります。
 
●DecNef訓練の効果をテストするための心理実験
DecNef訓練によって、はたして知覚確信度が変わったのかどうかを明らかにするために、確信度を上げるためのDecNef訓練と、確信度を下げるためのDecNef訓練それぞれの前後において、心理実験を行いました。この心理実験の内容は、前述のデコーダ作成の内容と全く同じで、被験者は運動方向が左右どちらかを回答し、さらにその知覚判断への確信度を4段階で回答しました。もし、DecNef訓練の前後で、確信度は変化する一方で、知覚判断そのものの正答率(どのくらい正しく運動方向を回答できるか)が変わらなければ、DecNef訓練で操作した前頭前野と頭頂葉を含む高次脳ネットワークの活動が、「知覚」ではなく、「(知覚を)俯瞰」するメタ認知に選択的にかかわることを証明したことになります。
 
●DecNef訓練による確信度の変化
下の図の右側に示すように、DecNef訓練の前後において、知覚判断の正答率の変化は見られませんでした。一方、下の図の左側に示すように、確信度を上げることを狙いとした訓練後には、確信度が有意に上がり、確信度を下げることを狙いとした訓練では確信度が有意に下がることが分かりました。つまり、DecNef訓練によって、運動方向が見えやすくなったり、見えにくくなったわけではないにもかかわらず、自らの運動方向の判断に対する確信が上がったり下がったりしたということになります。

下の図は、DecNef訓練中に被験者が脳活動をどのくらいうまく操作できたかと、DecNef訓練によってもたらされた確信度の変化の関係を示したものです。水色の丸は確信度を上げるDecNef訓練の結果を、黄色の丸は確信度を下げるDecNef訓練の結果を表しています。すべてのデータに基づき相関係数を計算したところ、r=0.68と有意な相関が観察されました。つまり、脳活動パターン操作がうまくいった被験者ほど、確信度の変化量も大きいことが分かり、DecNef訓練とDecNef訓練の効果(確信度の変化)の因果関係を示すことができました。

本研究の意義と今後の展望

●科学的意義
これまでは、「知覚」そのものを支える神経基盤と、「メタ認知」を支える神経基盤が同じなのか否かについて決着がついていませんでした。その理由は、従来の脳科学的手法ではこの二つの神経基盤の乖離を示すことが困難だったためです。本研究では、DecNefを用いて脳活動パターンを操作した結果、メタ認知(知覚を俯瞰した際に得られる確信度)は変容する一方で、知覚そのものは変容しないことを示すことができ、メタ認知と知覚の神経基盤の乖離を示すことができました。
 
●技術的な新規性
我々のグループでは、DecNefを用いて色の知覚を創り出すこと、恐怖記憶を消去すること、顔の好みを変えることなどに成功しています。しかしながらこれらの研究では、単一の脳領域をターゲットにしてその脳活動を変化させました。一方、今回の研究では、前頭前野および頭頂葉における計4箇所の脳領域の並列的な操作に成功しました。一般に、我々の知覚や行動には特定の脳領域のみが関与しているというより、ネットワークを生成する複数の領域の活動によって生じていると考えられています。そのため、今回のような複数の脳領域の活動を操作する方法は、今後、様々な行動や認知を改善させるためのDecNef実験において有効であると考えています。
 
●今後の展望
本研究は、知覚経験の確信度を上げ下げするというように、認知状態を両方向に変容することに成功しました。こうした結果は、DecNef訓練を多方面に応用していく上で非常に有益と考えられます。とりわけ、精神疾患の治療にDecNef訓練を応用する際には、そのときの患者の状態に応じて、必要な方向に脳活動を操作することが可能になり、操作方向を制御できるので、より適切な治療へと繋げることが期待できます。
 メタ認知の異常は、依存症、統合失調症、強迫性障害など複数の精神疾患につながる可能性が指摘されています。本成果は、そうした精神疾患を、メタ認知の訓練を通して改善させる臨床応用に繋がる可能性が期待できます。また、メタ認知を鍛えることは、効果的な学習に繋がると考えられており、DecNef訓練の教育面への応用も期待できます。
 
●倫理面での懸念に対する対応
DecNefが基礎研究や臨床応用に広く浸透する過程で、倫理面に最大限の注意を払う必要があります。本研究では、DecNef訓練中、被験者はフィードバックである灰色の丸を大きくするよう教示されたのみで、脳活動パターンの変化の内容については無自覚でした。被験者が自分で行っている脳活動パターン誘導の内容に無自覚であることは、これまでのDecNef研究に共通して見られる特徴です。この特徴は、基礎研究として有用であり、精神疾患等の治療にとって福音となり得る一方で、今後研究が進展するに伴い、一歩間違えれば洗脳とみなされる可能性も考えられます。生命倫理の有識者とも協力し、慎重な検討を実施しております。また、医療応用としても新しい技術であるため、DecNef介入の副作用、あるいは症状が逆に悪化するなど有害事象の可能性を慎重に排除する必要があります。
このような懸念に対応するため、有害事象の有無を確認、倫理・安全委員による審議を実施し、常に安全性を確認しながら研究を継続しています。
今後、実験や臨床介入を通して得られた知見について随時検討・議論し、その過程において適切な時期に情報公開を実施しながら、新しい基盤技術であるDecNefが安全に社会に浸透するための道筋を整備します。

論文著者名とタイトル

Nature Communications誌(英国時間 2016年12月15日 10:00公開)
Aurelio Cortese, Kaoru Amano, Ai Koizumi, Mitsuo Kawato, Hakwan Lau: Multivoxel neurofeedback selectively modulates confidence without changing perceptual performance. Nature Communications. DOI: 10.1038/ncomms13669

研究グループ

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)、株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
Aurelio Cortese※1、天野 薫※1、小泉 愛※1、川人 光男※1
※1 NICT CiNet とATRの併任)
 
カリフォルニア大学ロサンゼルス校
Hakwan Lau

研究支援

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)・脳科学研究戦略推進プログラムによって実施されている「Brain Machine Interface Development」の中の『DecNefを応用した精神疾患の診断・治療システムの開発と臨床応用拠点の構築』課題(代表 川人光男)の研究として行われたものです。
 
またHakwan Lau准教授は、以下の研究資金からの支援も部分的に受けています。
・ 米国National Institute of Health (NIH) 
・ 米国Templeton Foundation

補足説明

Decoded Neurofeedback (DecNef)

fMRIと人工知能技術を組み合わせ、対象とする脳領域に特定の活動パターンを誘導する方法です。著者らによる先行研究(Shibata et al., Science, 2011)において、世界に先駆けて開発されました。

前頭前野と頭頂葉を含む高次脳ネットワーク

前頭前野と頭頂葉を含む高次脳ネットワークとして、本研究では次の4つの脳領域を対象としました。まず、前頭前野のうち、背側前頭前野を構成する3つの領域を含めました (inferior frontal sulcus IFS, middle frontal sulcus MFS, and middle frontal gyrus  MFG)。さらに、頭頂葉の下方(inferior parietal lobe, IPL)を含めました。 下の図は、これらの4つの脳領域を示しています。

前頭前野と頭頂葉を含む高次脳ネットワーク
機能的磁気共鳴画像法(functional Magnetic Resonance Imaging, fMRI)

脳全体の血流量の変化を画像化する技術です。脳血流量は脳活動の度合いを反映しているため、この画像を解析することで、各脳部位の活動度合いを推定することができます。

スパースロジスティック回帰アルゴリズム

ATRで開発された人工知能技術の一つ(Yamashita et al., NeuroImage, 2008)。計測したfMRIデータは、ボクセルとよばれる非常にたくさんのデータ点を含みます。しかし、すべてのボクセルが被験者の認知状態についての情報を持っているわけではありません。fMRIデータを用いて被験者の認知状態を精度よく推定するためには、この推定にかかわるボクセルのみうまく選別する必要があります。スパースアルゴリズムを用いることによって、自動的かつ効率的にボクセルを選別することが可能になります。

お問い合わせ先

研究内容に関すること

(株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)経営統括部 広報担当 藤村

〒619-0288 京都府相楽郡精華町光台2-2-2
Tel: 0774-95-1176, Fax: 0774-95-1178
E-mail:
http://www.atr.jp/index_j.html

AMEDの事業に関すること

日本医療研究開発機構 戦略推進部 脳と心の研究課

〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1 読売新聞ビル22F
Tel: 03-6870-2222, Fax: 03-6870-2244
E-mail:

NICTに関すること

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)広報部 報道室

〒184-8795 東京都小金井市貫井北町4-2-1
Tel: 042-327-6923